家族の行事、「記録」より「関わり方」を変えたら楽になった
行事のたびに疲れ果てていた理由
子どもの誕生日、保育園・小学校の運動会、七五三。
毎回、終わった後に「なんでこんなに疲れてるんだろう」と思っていました。
準備に手間をかけて、写真もたくさん撮って、それなりに楽しかったはずなのに、翌日は妙なぐったり感が残る。振り返ると、行事のたびに「ちゃんとやらなきゃ」という感覚が強くなっていたことに気づきました。
誕生日ケーキはスポンジから手作りしたい。運動会のお弁当は彩りよく仕上げたい。七五三は着物で神社の正面で撮りたい。
どれも悪いことではないのですが、「子どものための行事」がいつの間にか「準備の完成度を競う場」みたいになっていました。わたし自身がそのプレッシャーをかけていたわけですが、SNSやまわりのママたちの様子を見ているうちに、基準がじわじわと上がっていったのだと思います。
結論
行事の「完成度」より「子どもと一緒にやること」に比重を移すと、準備の負担が減り、当日の疲れ方も変わります。段取りを減らすのではなく、段取りの目的を変えることが先です。
誕生日は「演出」から「参加」に切り替えた
長女が4歳になった誕生日の話です。
その年は仕事が繁忙期と重なっていて、ケーキを作る余裕がほとんどありませんでした。近所のパン屋さんでプレーンのスポンジを買い、子どもと一緒に生クリームを泡立てて、市販のイチゴを乗せただけのケーキを作りました。
正直、前の年に比べると見た目は地味でした。でも長女は「自分でやった」という手ごたえがあったからか、プレートを持ってきて「これ、わたしが作ったやつ」とずっと言っていました。
文部科学省が2024年3月に公表した「子供の生活状況調査(2023年度)」でも、子どもの充実感に関わる要因として「家族との共同活動」が挙げられています。完成品を与えるより、一緒に作る過程のほうが記憶に残りやすい、という傾向は複数の調査で示されています。
誕生日に何千円もかけたデコレーションより、「一緒にやった」体験のほうが、子どもにとって意味を持つことがある。そのことを実感した年でした。
わたしが変えたのは3つだけです。
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Step 1: 子どもができる作業を1つ決める
デコレーション、ろうそく立て、テーブルの飾りつけなど、年齢に合わせて「自分がやった」と言える工程を一つ残す。完成度より本人の関与感を優先する。
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Step 2: 準備の「見せ方」を変える
サプライズで全部仕上げるのではなく、一部を子どもと一緒に準備する。「明日の誕生日に何乗せたい?」と聞くだけでも関与感が生まれる。
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Step 3: 写真は食べる前に1枚だけ
記録のためにスマホを手放せないと、親が場の外にいる時間が長くなる。食べ始める前の1枚を撮ったらテーブルに置く、くらいがちょうどよかった。
手を抜いているように見えるかもしれませんが、子どもが「自分の誕生日だった」という実感を持つための最低限は、むしろこれで足りています。
運動会のお弁当、「見栄え」より「食べ切れるか」を基準にした
運動会のお弁当は、毎年悩む場面のひとつです。
以前は前夜から仕込んでいました。卵焼きの形、唐揚げの数、彩りのバランス。お重に詰めて、蓋を開けたときに見栄えがするように。でも実際のところ、子どもたちはお弁当より「早く外に出たい」という気持ちのほうが強くて、蓋を開けた瞬間の感想は「イチゴある?」くらいでした。
農林水産省の「食育白書(2023年版)」によると、学校行事での食事に関して、子どもが楽しく食べられる環境づくりが食育の実践として推奨されています。「見た目の完成度」より「食べやすさ・食べ切れる量」のほうが食育的にも理にかなっています。
お弁当で変えたのは、量と内容のシンプル化です。
- おにぎりは握りやすい三角形、1人2個まで
- おかずは「前夜に作れるもの」と「当日朝15分で仕上がるもの」だけ
- 果物は切らずに済むものにする(ぶどう、ミニトマト)
前夜仕込みは、唐揚げとゆで卵だけ。朝は詰めるだけになりました。それだけで準備の負担が体感的に半分以下になりました。
当日、子どもたちが完食していたかというと、運動会の昂ぶりで半分以上残ることもあります。手をかけたお弁当でも残ることはある。だったら、作る側の体力を翌日に残すことも大切な判断です。
補足
運動会の翌日は子どもが疲れて情緒不安定になりやすい日でもあります。お弁当の準備で親が消耗していると、その余波が夜に出ることも。準備の体力を「当日の子どもへの関わり」に使うほうが、トータルでうまくいくことがあります。
行事の記録、「残し方」より「その場にいること」を選ぶ
七五三のとき、わたしはほぼずっとスマホを構えていました。
神社の正面、階段、着物の後ろ姿、千歳飴を持ったところ。撮れる場面をとにかく撮っていたら、子どもが「ママ、一緒に歩いてよ」と言いました。
その一言で気づいたことがあります。記録のために行事に来ていたのか、子どもと一緒に行事を過ごしに来たのか、という話です。
写真を撮ることが悪いわけではありません。でも「いい写真を撮る」が目的になると、親がカメラの向こう側にいる時間が増えます。子どもからすると、大事な日に親の顔をあまり見ていない、という記憶になることがあります。
その後、家族行事での撮影についてわたしが決めたルールは簡単なものです。
- 移動中や準備中に数枚撮る
- メインの場面(神社の参拝、お参り)は1人誰かが撮ることにして、もう1人は子どもの横に立つ
- 「いい構図」より「子どもが笑っている瞬間」だけ撮れればよし
こうしてから、行事の写真の枚数は減りましたが、自分が行事を「体験した感覚」が残るようになりました。
注意
「写真はプロに任せる」という選択肢(出張撮影サービス、スタジオ撮影)は、費用の目安として1回あたり2万〜5万円程度(2025年時点の概算)が多いです。毎回は難しくても、七五三や入学式など「一度きりの行事」に絞って利用すると、親が当日に子どもと向き合う余裕が生まれます。Photobackや出張撮影サービス「fotowa(フォトワ)」などが選択肢として挙がることが多いです。
行事に「正解の形」はない
家族行事は、毎年同じように来るわりに、毎年「うまくやれたか」が気になります。
手作りケーキのほうが愛情があるか、買ったケーキは手抜きか、という問いに答えはありません。運動会のお弁当が質素でも、子どもが完食してくれれば十分です。七五三の写真が少なくても、子どもの手を握って歩いた記憶は残ります。
わたしが変えたのは「準備の量を減らすこと」ではなく、「何のために準備しているか」を見直すことでした。完成度を目指すのではなく、子どもが関わる余地を残すこと。記録のためではなく、その場にいるために手を動かすこと。
行事のたびに疲れていたのは、準備が多かったせいだけでなく、「ちゃんとやらなきゃ」という基準が自分の中でどんどん上がっていたせいでもありました。
その基準を少し下げると、行事が終わったあとの疲労感がずいぶん変わります。
- 行事の準備は「子どもが参加できる余白」を1つ残すだけで、子どもの関与感が変わる
- お弁当や飾りつけの手間を減らすことは「手抜き」ではなく、当日に子どもと向き合うための選択
- 記録より体験を優先することで、自分も行事を「その場で味わう」感覚が戻ってくる
※本記事は2026-06-11時点の情報に基づきます。制度・サービスは変更されることがあります。
育児に正解はありません。本記事の体験は一例で、お子さんやご家庭の状況に合わせて参考にしてください。
Photo by Edvinas Ivanovas on Unsplash