あなたはコーヒーの味を、どんな言葉で表現していますか?
「おいしい」「苦い」「酸っぱい」——コーヒーを飲んで感じた印象を誰かに伝えようとしたとき、どうしてもありきたりな言葉しか出てこない、そんな経験はないでしょうか。
実は、コーヒーの風味を言葉で表現する力は、センスや才能とは関係ありません。「テイスティング」という、味と香りを体系的に捉えるための考え方と練習によって、誰でも身につけられるスキルなのです。
バリスタとして長く働いてきた私も、最初から上手に言葉を紡げたわけではありません。最初は「なんとなく好き」としか言えなかったコーヒーが、テイスティングの基礎を学ぶことで「チェリーのような甘い酸味があって、後味にはチョコレートのような余韻が残る」と表現できるようになりました。その瞬間の喜びは、今でも鮮明に覚えています。
この記事では、コーヒーのテイスティングを始めるために必要な基礎知識を、できるだけ丁寧にお伝えしていきます。専門用語を覚えることよりも、まず「感じる」ことの楽しさを知ってもらえたら嬉しいです。
テイスティングとは何か——「飲む」と「味わう」の違い
テイスティング(Tasting)とは、単に飲み物を口に入れて楽しむことではありません。意識的に風味を観察し、それを言語化するプロセスのことを指します。ワインの世界では古くから発達してきた文化ですが、コーヒーの世界でも「カッピング(Cupping)」という名称で、同様の評価手法が確立されています。
普段のコーヒーを「飲む」行為と、テイスティングの決定的な違いは「注意を向ける場所」にあります。何かをしながら飲む一杯のコーヒーは、意識のほとんどが別のところにあります。でも、テイスティングでは視覚・嗅覚・味覚・触覚のすべてをコーヒーに集中させます。すると、いつも飲んでいるはずのコーヒーが、まったく違う顔を見せてくれることがあるのです。
コーヒーには800種類以上の香気成分が含まれていると言われています。その複雑さは、実はワインよりも多いとされるほどです。テイスティングを学ぶということは、その豊かな世界への扉を開くことでもあります。
テイスティングで使う4つの評価軸
コーヒーを評価するときに使われる主な軸があります。これを知っておくだけで、自分が感じた印象を整理しやすくなります。
アロマ(香り)
コーヒーの風味の大部分は、実は香りによって構成されています。人間が「味」として感じているものの多くは、鼻から入る香りの情報が脳で統合されたものです。試しに鼻をつまんでコーヒーを飲んでみてください。味の情報が驚くほど薄くなるはずです。
アロマにはいくつかの評価タイミングがあります。ドライアロマはコーヒーの粉そのものの香り、クラストアロマはお湯を注いだ直後に立ち上る香り、そしてリキッドアロマは液体になったコーヒーから漂う香りです。それぞれの段階で異なる香りが現れることもあるので、急いで飲み始めず、まず香りをゆっくり楽しむ習慣をつけてみてください。
フレーバー(風味)
フレーバーは、口の中で感じる香りと味の複合的な印象です。よく「フルーティー」「ナッティー」「フローラル」「スパイシー」などと表現されます。この表現を助けるために、スペシャルティコーヒーの世界では「コーヒーフレーバーホイール」というツールが使われています。風味の種類が花びら状に分類されたもので、言葉を探すときの地図のような存在です。
最初から完璧に表現しようとしなくて大丈夫です。「なんとなくフルーツっぽい」と感じたなら、それがスタート地点。「フルーツの中でも柑橘系かな?」「レモン?オレンジ?」と少しずつ具体的にしていくプロセスこそが、テイスティングの醍醐味です。
アシディティ(酸味)
コーヒーの酸味は、多くの方が苦手意識を持ちやすい要素です。でも、品質の高いコーヒーにおける酸味は、酢のような刺激的なものではなく、果物のような明るくさわやかな印象を持つものです。
アシディティを評価するときは、酸味の「強さ」だけでなく「質」にも目を向けてみてください。シャープでシトラス系の酸味なのか、まろやかでリンゴのような酸味なのか。同じ「酸味がある」でも、その性格は豆の産地や焙煎度によって大きく異なります。エチオピア産のコーヒーにはフローラルで明るい酸味が多く、ケニア産はブラックカラントのような濃厚な酸味が特徴的なことが多いです。
ボディ(質感)
ボディとは、口の中でコーヒーが持つ重さや厚みの感覚です。サラサラと軽い水のような質感から、まるでクリームのような重厚な質感まで、コーヒーによってさまざまです。
ボディを感じるには、コーヒーを飲み込む前に舌の上で少し転がすように意識してみてください。軽やかなボディを「ライトボディ」、重厚なものを「フルボディ」と表現します。浅煎りのコーヒーはライトな傾向があり、深煎りになるにつれてボディが増す傾向があります。
アフターテイスト(余韻)
飲み込んだ後、口の中にどんな印象が残るか——これがアフターテイスト(余韻)です。高品質なコーヒーほど、飲み込んだ後に心地よい余韻が長く続く傾向があります。逆に、嫌な後味が残る場合は、抽出の失敗や豆の品質の問題が関係していることもあります。
余韻を意識するだけで、コーヒーを最後の一口まで楽しめるようになります。「飲み終わった後、口の中はどうなっている?」と、ぜひ意識を向けてみてください。
テイスティングを始める前に知っておきたいこと
環境を整えることの大切さ
香りに敏感な感覚を使うテイスティングでは、周囲の環境が大きく影響します。強い香水をつけている状態では、コーヒーの繊細な香りを正確に捉えるのが難しくなります。また、空腹すぎたり、逆に食後すぐだったりすると、感覚が正確に働きにくいこともあります。
プロのカッピングでは、香料入りの石鹸すら使わないほど徹底されることもあります。そこまでストイックになる必要はありませんが、「できるだけニュートラルな状態で臨む」という意識を持つだけで、テイスティングの精度が上がります。
比べることで違いが見えてくる
1種類のコーヒーだけを飲んでいても、その特徴はなかなか言葉にしにくいものです。テイスティングが劇的に上達するコツの一つは、「比較する」ことです。産地の違う2種類のコーヒーを並べて飲み比べてみると、それぞれの個性がくっきりと浮かび上がってきます。
同じグアテマラ産でも、焙煎が浅いものと深いものを飲み比べるだけで、焙煎がいかに風味を変えるかが体感できます。最初は2種類から始めて、慣れてきたら3〜4種類の比較へと進んでみてください。
メモを取る習慣のすすめ
感じた印象はすぐに言葉にしておくことをおすすめします。「なんとなくわかった気がする」という感覚は、残念ながらすぐに消えてしまいます。スマートフォンのメモアプリでも、小さなノートでも構いません。飲んだコーヒーの豆の名前、産地、焙煎度、そして感じた香りや味わいを短くでも書き留めておくと、後から振り返ったときに自分の感覚の成長がわかって面白いですよ。
カッピングプロトコルの基本——プロはどうやって評価しているのか
スペシャルティコーヒーの世界では、SCA(スペシャルティコーヒー協会)が定めたカッピングプロトコルという標準的な評価手順があります。専門的な内容ではありますが、その考え方を知っておくと、自分のテイスティングにも役立てることができます。
基本的な流れとしては、まずコーヒーの粉をカップに入れ、お湯を注ぎます。数分後、表面に浮いた粉の層(クラスト)をスプーンで割り、立ち上る香りを確認します。そして粉が沈んだ後、専用のスプーンでコーヒーをすくって「スラーピング」と呼ばれる音を立てながら口に含みます。
このスラーピングは行儀が悪く見えますが、液体を霧状にして口全体に広げ、より多くの風味を感知するための技術です。実際にやってみると、普通に飲むよりも格段に多くの風味が感じられることに驚くはずです。カフェでやると周りに迷惑がかかりますが、自宅で試してみることをおすすめします。
フレーバーホイールを使いこなすために
SCAが公式に発表しているコーヒーフレーバーホイールは、コーヒーの風味を体系的に整理した円形の図です。中心部に大きなカテゴリ(フルーティー、フローラル、ナッティー&ココア、スパイシーなど)があり、外側に向かって具体的な表現へと細分化されていきます。
使い方のコツは、「外側から攻めない」ことです。最初から「これはカシスの香り」と断定しようとするのではなく、まず大きなカテゴリで「フルーツっぽい」と感じるかどうかを確認し、次に「ベリー系かな、それとも柑橘系かな」と絞り込んでいきます。外側の細かい言葉は、内側のカテゴリが定まってから探すほうがずっと使いやすくなります。
また、フレーバーホイールに載っていない表現があっても、まったく問題ありません。「バターを塗ったトーストのような香り」「梅干しの皮のような酸味」——そんな個人的な表現も、テイスティングの大切な記録です。大切なのは、正確な言葉を当てはめることではなく、自分の感覚を丁寧に観察することだからです。
日常の一杯をテイスティングの練習に変える方法
テイスティングの練習は、特別な機会にしかできないわけではありません。毎日の一杯のコーヒーを、少しだけ意識的に飲むだけで立派な練習になります。
まず、コーヒーを手に持ったら、飲む前に少しカップを揺らして香りを立ち上らせ、鼻を近づけてみてください。「今日のコーヒーはどんな香りがするだろう」という好奇心を持つだけで、気づきの量がぐっと増えます。
一口目は、評価しようとせずにただ感じることに集中してみてください。「おいしい」「にがい」でも構いません。二口目から、「どんな種類の苦さかな」「酸味はあるかな」と、少しずつ分解して観察していきます。このプロセスを繰り返すうちに、自然と感覚が磨かれていきます。
さらに上達したいなら、スーパーマーケットやコンビニで買える食材を使ったトレーニングも有効です。様々なフルーツ、ナッツ、チョコレート、スパイスの香りを日常的に嗅ぎ、言葉と紐づける練習をしておくと、コーヒーのフレーバーを表現するときに「あ、これはあのときのカカオの香りに似てる」という橋渡しができるようになります。
テイスティングが、コーヒーとの関係を変える
テイスティングを学ぶ最大の喜びは、コーヒーへの解像度が上がることです。以前は「なんとなく好きなコーヒー」だったものが、「エチオピアのイルガチェフェで、ジャスミンのようなフローラルな香りとベリーのような酸味が好き」という具体的な好みに変わっていきます。
すると、カフェでバリスタに好みを伝えるときにも、「こういうコーヒーが好きなので、おすすめを教えてほしい」と会話ができるようになります。コーヒーショップでの新しいコミュニケーションが生まれ、知らなかった豆や産地との出会いが増えていきます。
そして何より、毎日飲んでいるはずのコーヒーが、まるで初めて出会うような新鮮さで感じられる瞬間がくるはずです。それがテイスティングを学ぶことの、いちばんの醍醐味かもしれません。
難しく考えなくて大丈夫です。まず今日の一杯から、少しだけ意識を向けてみてください。コーヒーはきっと、あなたの気づきに応えてくれるはずです。
Photo by Dogancan Ozturan on Unsplash